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名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)41号 判決

原告

野瀬義人

右訴訟代理人弁護士

北村利弥

戸田喬康

柘植直也

榎本修

被告

株式会社シーアール・ホーム

右代表者代表取締役

木村康一

右訴訟代理人弁護士

松原徳満

主文

一  被告の原告に対する東京法務局所属公証人隈井光作成平成五年第一一五四号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づく強制執行は、これを許さない。

二  原告の被告に対する別紙債権目録記載の債務の存在しないことを確認する。

三  被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)ないし(四)記載の土地建物につき、静岡地方法務局浜松出張所平成四年七月二八日受付第二九四五七号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  本件について当裁判所が平成六年一月一二日にした強制執行停止決定はこれを認可する。

六  この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一ないし第四項同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原・被告間には、被告を債権者、原告を債務者とする東京法務局所属公証人隈井光作成平成五年第一一五四号債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が存在し、右公正証書には、次の記載がある。

(一) 平成四年七月二七日、原告は、被告に対し、同日借受けた金二〇〇〇万円の金銭債務を負担していることを承認し、次項以下の定めにより弁済することを約し、被告はこれを承諾した。

(二) 原告は、①元金を平成四年九月二四日限り被告方に持参または送金して支払うこと、②利息は年一五パーセントの割合により、期限内の利息支払い済みであること、③期限後または期限の利益を失ったときは、以後完済に至るまで年三〇パーセントの割合による遅延損害金を支払うことを諾約した。

(三) 原告は、①他の債務につき、仮差押、仮処分、強制執行等を受け、または競売、破産もしくは和議の申立があったとき、②原告の振出し、引受け、もしくは裏書した手形、小切手が不渡りとなったときは、被告からの通知催告がなくとも当然期限の利益を失い、直ちに債務金を完済するものとする。

(四) 原告は、右債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服することを認諾する。

2  被告は、原告に対し、右債務につき、残元本五八一万三一三六円及びこれに対する平成五年一二月九日以降支払済みまで年三〇パーセントの割合による遅延損害金を有する旨主張している。

3(一)  原告は、別紙物件目録(一)ないし(四)記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)を所有している。

(二)  本件土地建物については、左記のとおり、根抵当権者を被告とする静岡地方法務局浜松出張所平成四年七月二八日受付第二九四五七号根抵当権設定登記(以下「本件登記」という。)がなされている。

原因 平成四年七月二七日設定

極度額 金三〇〇〇万円

債権の範囲 金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権

債務者 原告

4  よって、原告は、被告に対し、本件公正証書の執行力の排除及び右2記載の債務の存在しないことの確認を求めるとともに、本件土地建物につき、所有権に基づいて、本件登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

1  被告は、原告に対し、平成四年七月二七日、金二〇〇〇万円を、弁済期を同四年七月二七日、利息を36.5パーセントとして貸し付けた(以下「本件貸付」という。)。

2  被告と原告は、同四年七月二七日、本件土地建物につき、本件登記に表示された内容の根抵当権設定契約を締結した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて認める。

五  再抗弁

1  本件貸付につき、被告は、平成四年七月二七日から同年九月二四日までの六〇日分の利息金一二〇万円を天引していたところ、原告は、被告に対し、同年九月二五日から同五年一〇月二〇日までの間、左記のとおり、七日ないし一か月分の約定利息相当額を支払い(以下「本件各利息の支払」という。)、その都度、被告から期限の猶予を受けていた。

平成四年九月二四日 金三〇万円

同年一〇月九日 金二〇万円

同月一九日 金一五万円

同月二六日 金二〇万円

同年一一月五日 金三〇万円

同月一九日 金三〇万円

同年一二月四日 金六〇万円

同月二八日 金三〇万円

同五年一月一四日 金三〇万円

同月三〇日 金三〇万円

同年二月一八日 金三〇万円

同年三月三日 金三〇万円

同月二二日 金三〇万円

同年四月四日 金三〇万円

同月二〇日 金三〇万円

同年五月二日 金三〇万円

同月一九日 金三〇万円

同年六月四日 金三〇万円

同月二〇日 金三〇万円

同年七月七日 金三〇万円

同月二六日 金三〇万円

同年八月四日 金三〇万円

同月一九日 金三〇万円

同年九月二日 金三〇万円

同月二〇日 金三〇万円

同年一〇月三日 金三〇万円

同月一八日 金三〇万円

2  右利息天引分及び本件各利息の支払につき、利息制限法所定の年一割五分の利率を超える部分を過払利息として、順次元本に充当していくと、別紙計算表記載のとおりとなる。これによれば、平成五年一〇月三一日現在の残元本は一三九三万二〇八九円となり、これに同年一一月一日以降同月二四日までの遅延損害金二七万四八二五円を合わせると同月二四日現在の残債務は金一四二〇万六九一四円となる。

3  原告は、平成五年一一月二四日、被告に対し、一四六四万七六八六円を弁済すべく口頭の提供をしたが、その受領を拒絶されたので、同年一二月七日、右一四二三万八〇九七円及び同月八日までの遅延損害金五七万三四二四円の合計一四八一万一五二一円を弁済すべく口頭の提供を行った上、同月八日、右金額を東京法務局に供託した。被告は、同月一〇日、右供託金の還付を受けた。

4  右弁済により、原告の被告に対する債務は消滅した。

5  原告は、平成五年一一月二四日以降、被告から一切金銭を借り入れたことはないし、今後もその意思はなく、被告に対してその旨告知した。また、被告も、本件公正証書に基づき、原告の給料債権や賃料債権を差し押さえたり、別紙物件目録(一)及び(二)記載の土地建物につき競売の申立をするなどして、原告との取引を終了させる意思を明確にしている。このように、原・被告間の取引は終了し、担保すべき元本が生じないことになったから、民法三九八条の二〇第一項第一号により本件根抵当権は確定した。

仮に、右取引の終了による元本の確定の主張が認められないとしても、根抵当権者である被告は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の土地建物につき競売の申立をなし、右土地建物については競売開始決定がされたから、同法三九八条の二〇第一項第二号、同法三九八条の一七第二項により本件根抵当権は確定した。

そして、前記のとおり、平成五年一一月二四日当時の残債務金一四二〇万六九一四円は弁済により消滅している。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実のうち、被告が利息金一二〇万円を天引した事実及び七日ないし一か月分の約定利息相当額の入金がされた都度、被告が期限を猶予した事実は否認するが、その余の事実は認める。

被告は、原告からの元金の返済猶予の申入れに対し、約定利息相当の弁済猶予金の支払を条件に事実上元金の支払を猶予したものであり、弁済期を延期したわけではない。そうすると、原告は、被告に対し、同四年九月二五日以降完済に至るまで残元金に対して少なくとも年三〇パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務があり、同五年一二月八日に金一四二三万七六〇四円の弁済を受けた時点でも金四一三万八二二一円の元本が残存していた。また、仮に、同四年七月二七日に受領した右金一二〇万円が原告の主張するように天引利息であったとしても、同五年一二月八日に金一四二三万七六〇四円の弁済を受けた時点で金三〇八万八九五七円の元本が残存していた。

2  同2は争う。

3  同3の事実のうち、被告が、原告の弁済提供金の受領を拒絶したとの点は否認するが、その余の事実は認める。

4  同4及び5はいずれも争う。

七  再々抗弁

1  被告は、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)三条一項の規定に基づき、東京都知事(1)第一〇二七九号をもって登録をしている貸金業者である。

2  被告は、原告から原告主張の利息金の支払を受けているが、これは被告が業として行う金銭消費貸借上の契約に基づくものである。

3  被告は、原告に対し、本件貸付を実行する際、遅滞なく、貸金業法一七条一項所定の契約書面(乙第一号証の借用証書、以下「本件借用証書」という。)を交付した。

4  被告は、原告から弁済期までの前利息金一二〇万円を受領したが、その際、貸金業法一八条一項所定の受取証書(乙第三号証の一の一の仮領収書、以下「本件仮領収書」という。)を原告に交付した(ただし、受取証書については、原告の申し出によりこれを郵送することを差し控えた。)。また、被告が原告から支払を受けた利息金は、銀行振込の方法によりこれを受領していたが、原告から受取証書(乙第三号証の一の二、第三号証の二ないし二八の各計算書、以下「本件各計算書」という。)を郵送しないで欲しい旨申し入れられていたため、右証書の郵送を差し控え、原告の請求があり次第いつでも交付できるよう保管していた。このように、銀行振込による送金であって、かつ、債務者から受取証書の交付の請求がない場合には、受取証書の交付がされていなくとも、貸金業法四三条の適用を肯認すべきである。

5  被告の受領した利息は、原告がその都度利息と指定して任意に支払ったものである。

6  したがって、被告が原告から受領した利息は、貸金業法四三条一項のいわゆるみなし利息であり、有効な利息の債務の弁済とみなされるものである。

八  再々抗弁に対する認否

1  再々抗弁1及び2の各事実は認める。

2  同3の事実のうち、原告が、本件貸付を受けた際、被告から本件借用証書の交付を受けたことは認めるが、右証書が貸金業法一七条一項の要件を充足する書面であることは争う。

本件借用証書には、「返済期間及び返済回数」、「各回の返済期日及び返済金額」、「返済の方法及び返済を受ける場所」、「貸付に関し貸金業者が受け取る書面の内容」につき、その記載に不備がある。

3  同4の事実のうち、原告が、被告から本件各計算書の郵送を受けていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、被告に対し、本件各計算書を自宅に送らないで欲しいといった申し出をしたことはない。仮に、借主から右のような申し出があったとしても、貸金業法一八条一項所定の受取証書を交付していない以上、貸金業者は貸金業法四三条の適用を受けることはできないというべきである。

4  同5の事実のうち、平成五年七月七日に支払われた金三〇万円が債務者である被告の支払によるものであること、原告が支払った金員が利息と指定して支払われたものであること及び任意に支払ったものであることは否認する。また、被告が、同四年七月二七日に差し引いた金一二〇万円は、天引されたものであって、支払われたものではない。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因及び抗弁の各事実は当事者間に争いがない。

二  再抗弁1について

(一)  再抗弁1の事実のうち、本件貸付につき、原告が、被告に対し、本件各利息の支払をしたことは当事者間に争いがない。

(二)  前認定のとおり、本件貸付は平成四年七月二七日に実行されたわけであるが、その際、利息の天引が行われたか否かにつき判断する。

原告本人尋問の結果によれば、本件貸付の際、被告の従業員は、現金二〇〇〇万円を持参して、一旦、これを原告に示した上、右金員のうちから同四年七月二七日から同年九月二四日までの六〇日分の利息金一二〇万円を差し引き、金一八八〇万円を原告に交付したことが認められる。そうすると、被告は、本件貸付の際、同四年七月二七日から同年九月二四日までの利息を予め計算してこれを差し引き、その残額を原告に交付したのであるから、これは正に利息の天引が行われたものというべきである。

なお、証人川島末吉は、本件貸付に当たって、被告は、原告に対し、一旦、二〇〇〇万円全額を交付した後、直ちに原告から一二〇万円を受領した旨供述するが、右供述は、原告本人の反対趣旨の供述と対比して信用することができない上、仮にそのような事実があったとしても、本件においては、これも一二〇万円の利息を天引きしたものと評すべきものである。いずれにしても、被告の利息の天引に関する主張は失当というべきである。

(三)  次に、本件各利息の支払がされた都度、原告は、被告から期限の猶予を受けていたか否かについて検討する。

原告本人尋問の結果及び被告代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件土地建物の売却代金をもって本件貸付金を返済する予定であったが、弁済期である平成四年九月二四日までに売却する目途が立たなかったので、被告に弁済期限の猶予方を申し入れ、被告の了解を得た上、取り合えず一五日間の利息分として三〇万円を被告に支払って、その猶予を得たこと、その後も、原告は、被告の了解を得て、ほぼ一年間にわたり、右(一)記載の各支払をして、被告から右同様の猶予を得ていたこと、本件借用証書上、遅延損害金は年40.004パーセントの割合によることとされていたこと、本件各利息の支払は、約定貸付利率である年36.5パーセントで計算された金員であり、右各支払の間、被告は、原告に対し、年40.004パーセントの割合による支払を求めたことはなかったことが認められる。そして、成立に争いのない甲第五号証によれば、同五年一一月二九日、被告訴訟代理人弁護士は、原告訴訟代理人弁護士に宛てて、「原告が弁済期に一括返済することができなかったため、同年九月二五日以降同五年一〇月三一日に至るまでの約定の利息を支払うことを条件に期限の猶予をして参りました。」との記載のある文書(甲第五号証)を送付していたことが認められる。

右認定の事実からすると、被告は、原告に対し、本件各利息の支払がされた都度期限を猶予し、最終的には同五年一〇月三一日まで期限の猶予をしてきたものと認められる。

三  再々抗弁について

1  再々抗弁1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

2 まず、平成四年七月二七日から同年九月二四日までの六〇日分の利息金一二〇万円については、前記のとおり、利息の天引が行われたものであるところ、合意により利息の天引が行われたとしても、それは「利息としての支払」には当たらないから、右利息金については貸金業法四三条の適用の余地はないというべきである。

次に、本件各利息の支払につき、貸金業法四三条(いわゆるみなし弁済金規定)が適用されるか否かについて判断する。

貸金業法上、貸金業者が右みなし弁済金規定の適用を受けるためには、同法一八条一項所定の受取証書を支払の都度直ちに交付しなければならないとされているところ(貸金業法四三条)、本件各利息の支払につき、原告が、被告に対し、右受取証書を交付または送付していないことは当事者間に争いがなく、本件のように利息金の支払が銀行振込の方法でされた場合も、貸金業者が右規定の適用を受けるためには、右振込を受ける都度、直ちに右受取証書を交付または送付しなければならないというべきであるから、本件各利息の支払につき右規定は適用されないというほかない。

この点、被告は、原告から受取証書を郵送しないで欲しい旨申し入れられていたため、右証書の郵送を差し控え、原告の請求があり次第いつでもこれを交付できるよう保管していた旨主張する。しかし、そもそも、右のような事情がある場合にも、貸金業者が右規定の適用を受けるためには、なんらかの方法で受取証書を債務者に交付する方法を講ずる必要があるというべきであるし、仮に、右のような場合に右規定の適用の余地があるとしても、本件において、原告が、被告に対し、受取証書を郵送しないで欲しい旨要請していたことを認めるに足りる証拠はない。証人川島末吉の証言中には、原告が右のような要請をしていた旨の供述部分があるが、原告は、その本人尋問において、反対趣旨の供述をしているのであって、そうすると、右証人の供述から、右のような事実を認めることはできないというほかない。

したがって、被告の、再々抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  再抗弁2ないし4について

前記二において検討したところに従って、本件貸付につき、利息制限法所定の年一五パーセントを超える部分を元本に充当計算すると、その結果は別紙計算表記載のとおりとなり、これによると、平成五年一〇月三一日現在の残元本は一三九三万二〇八九円となる。そして、これに同年一一月一日から同年一二月八日までの年三〇パーセントの割合による遅延損害金四三万五一三九円を加算すると合計金一四三六万七二二八円となる。

再抗弁3の事実のうち、原告が、同五年一二月八日、合計一四八一万一五二一円を東京法務局に供託し、被告が右供託金の還付を受けたことは当事者間に争いがない。

そうすると、本件貸付金は弁済によりすべて消滅したことになる。

五  再抗弁5について

成立に争いのない甲第四号証の一、二、第五号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、被告に対し、平成五年一一月二四日到達の内容証明郵便により、同日までの残元本及び遅延損害金分として一四六四万七六八六円を支払う旨口頭の提供をして、その受領方を催告したこと、これに対し、被告が、貸金業法上のみなし弁済金規定の適用を主張したため、更に、同年一二月七日、同月八日までの残元本及び遅延損害金分として金一四八一万一五二一円を弁済する旨通知し、また、本件根抵当権の抹消登記手続をするよう求めた上、右金額を東京法務局に供託したこと、この間、被告は、本件公正証書に基づき、原告の給料債権等を差し押さえるなどの措置をとったこと、そして、被告は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の土地建物につき競売の申立をなし、同六年二月一日には競売開始決定を得たこと、原告は、同五年一一月二四日以降、被告から一切の貸付を受けなくなったこと、原告は、同六年一月一〇日、本訴を提起するに至ったこと、以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、本件根抵当権に係る原・被告間の取引は終了し、担保すべき元本が生じないことになったものというべきであるから、本件根抵当権は確定しているものである。

そして、前記のとおり、原告の被告に対する借受金債務は残存していないのであるから、被告は、原告に対し、本件登記の抹消登記手続をする義務があるというべきである。

六  結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の認可及びその仮執行宣言につき民事執行法三七条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官原敏雄)

別紙〈省略〉

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